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野口英世記念館について
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猪苗代・会津若松時代

猪苗代・会津若松時代

1876(明治9)年、猪苗代の貧しい農家に生まれた野口清作(英世)は、
1歳半の時に囲炉裏に落ちて左手に大やけどを負いました。
貧しさと左手の不自由というハンディキャップを背負った清作でしたが、
恩師や家族の支えにより懸命に勉強をしました。
16歳の時、会津若松の会陽医院で渡部鼎先生に手術をしてもらい、左手の親指が動くようになりました。
物が持てるようになった感動から、医学のすばらしさを実感した清作は、自分も医学の道へ進む志を立てました。
翌年から会陽医院に住み込み、渡部先生の下で書生となって、医術開業試験の受験を目指しました。
成績表
清作が三ツ和尋常小学校4年級の時の成績表です。8人の学級のなかではありますが、成績優秀で順位も一位です。左手が不自由であったため体操は「除」となっています。
病理学的細菌学的研究術式綱要
野口清作が翻訳したカールデン著の医学書です。清作は若松時代より医学とともに語学の習得にも力を入れ、ドイツ語で書かれていた医学書も辞書を引きながら読んでいました。世界で活躍する英世にとって、語学力は大きな武器となりました。
小林栄宛の手紙
野口清作が16歳の時に恩師小林栄先生に宛てた手紙です。病気療養のため会津若松に滞在している小林先生に、猪苗代での用事があれば何なりと申し付けてくださいと記されています。たいへん丁寧な字で書かれた手紙から、恩師への尊敬と感謝の気持ちが読み取れます。英世が書いた現存する手紙のうち、最も若いころの手紙です。

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