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野口英世記念館について
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中南米・アフリカ時代

中南米・アフリカ時代

1918(大正7)年、野口英世は中南米で流行が止まらなかった黄熱病撲滅のため現地に赴き研究を行いました。
エクアドルでは患者からスピロヘータを見つけ、ワクチンをつくり多くの人命を救いました。
中南米各国でもその成果を実証し、各国から大きな賞賛を受けました。
しかしその後、英世が研究したのは黄熱病ではなく、ワイル病であったことがわかりました。
1927(昭和2)年10月、英世は真の黄熱病の原因究明のために、
西アフリカ黄金海岸(現在のガーナ共和国)へ向かい、未知の病原体を見つけるために研究を行いました。
しかし、1928(昭和3)年5月21日、自ら研究していた黄熱病にかかり黄金海岸のアクラで51歳の生涯を閉じました。
エクアドル国陸軍軍医監制服
野口英世のエクアドルでの研究は多くの人の命を救いました。エクアドル政府はその貢献を讃えて、英世にエクアドル国陸軍大佐と陸軍軍医監の名誉称号を授け、その制服と一振りの剣を贈りました。1918(大正7)年10月24日には、グアヤキルのオルカド劇場で盛大な謝恩送別会が開かれました。
英世の活躍を報道するザ・ワールド
1928(昭和3)年1月1日付の新聞『ザ・ワールド』の一面には、アフリカでの英世の活躍が報道されました。紙面では英世のことを「細菌の狩人」と評しています。
メリー夫人最後の手紙
1928(昭和3)年4月7日付のメリー夫人に宛てた最後の手紙には、帰国が先延ばしになり待たせてしまっている妻を心配し、詫びる言葉が述べられています。そして「まもなくすべてが終わる」と、5月末にはニューヨークに帰ることを伝えています。しかし、メリーとの再会は叶いませんでした。

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